:: carera work ::
「ああ、こんなところにあったのか」
ロイは本棚の奥をのぞき込み、独り言ちた。
古びたフィルムと写真の束の陰に隠れるように置かれたカメラは、増殖する本に圧迫され、置いた本人さえ忘れてしまうほど隅に追いやられてしまっていたものらしい。
ロイは手を伸ばしてカメラが埋もれる程に積まれた写真の束を机の上に避けてから、カメラを手に取るとさっと埃を払った。
フィルムを入れっぱなしにしていたから、パトローネを押さえるバネがバカになっているかもしれないな。
そんなことを考えながら、ロイはフィルムを巻き上げて空シャッターを切った。閉じたままのレンズキャップの下でカシャリとシャッターが下り、彼は安堵してレンズキャップを外すとおもむろにファインダーを覗いた。
こうやって四角い窓の中に切り取ってしまうと、己の部屋でさえまるで違った景色に見えるから不思議だ。そう考えながら、ロイはファインダーを覗いたままぐるりと部屋を見渡した。
小さな四角い窓から覗く自分の部屋は、驚くほど乱雑に物が積み上がって見えた。レンズの湾曲による辺縁の歪みと、ミニチュア化した画角が部屋をそのように見せていると頭では分かってはいる。それでも、処狭しと積み上げられた本や書類の山は、間違ってもこのままシャッターを切って記念に残したいものではなかった。
ロイは面白くも何ともない景色に肩をすくめると、ファインダーから目を離した。
きっと、彼女の鷹の目にはこのファインダー越しのような散らかった景色が見えているのかもしれない。何と言っても鷹は俯瞰でものを捉えるのだから。
ならば、少し片付けをした方がいいのかもしれない。いや、それが出来るなら、このカメラはこんなに長い間本棚の隅に眠っていることもなかっただろう。
ロイは胸元にカメラを抱えると苦笑して、窓辺へと歩み寄る。ガラスの向こうに広がる青空に目をやるとある種の懐かしさがこみ上げ、ロイはカメラを片手に窓を開けた。
ざっと風が吹き込み、ロイの黒い髪を吹き流す。彼はその風の心地よさに目を細め、風が部屋を荒らすに任せながら空に向かってカメラを構えた。
昔、このカメラを手に入れてしばらく経った頃、彼には空ばかり撮っていた時期があった。自然の見せる作為のない意匠に魅せられ、ふと思い立っては空を撮っていた。
夜明けの薄青のグラデーション。
夕闇迫る空の燃える赤と闇の黒のせめぎあい。
一様の青。
想像力をかき立てる雲の群。
一つとして、同じ空は無かった。
一つとして、同じ雲はなかった。
今、この時と同じ様に。
吹き抜ける風に目まぐるしく形を変える雲が、うっすらと空に筋上のグラデーションを描く。鮮やかな空の青は淡く白に浸食されては、寄せては返す波のように元の青を取り戻す。
カシャリ。
ロイはゆっくりとレンズを絞りピントを合わせると、カメラのシャッターを切った。
現像するまでどんな景色が出るか分からない。焼きの時間や定着液の濃度で、色彩もまた自在に変わっていく。それは錬金術の実験にも似て、彼は写真の楽しみを思い出し、またパシャリとシャッターを切った。
その時だった。
「大佐!」
大層な非難の色を込めた彼女の声が、背後から彼の耳に届いた。
「なんだね?」
ロイはファインダーを覗いたまま、くるりと声の主を振り向いた。
四角く切り取られた景色の中には、腰に手を当てて完全にお怒りモードの表情を浮かべたリザが立っていた。
「大佐、何を遊んでおいでですか!」
「何をって、見て分からんのかね」
敢えて彼女の感情を逆撫でするように、からかいを込めた返事をすれば、リザの眉間の皺はますます深くなる。
ここでシャッターを切ったら、更に怒られるだろうな。
そう思いながら、ロイはファインダーから目を離し、そしてようやくリザが怒っている理由に気が付いた。
窓から吹き込んだ風が、部屋中に書類とネガと写真をばら撒いていたのだ。
「おや、これはこれは」
「何を他人事のようにおっしゃっておいでですか! 窓から書類が飛んでいってしまったら、どうなさるおつもりで……、キャ!」
いつもの調子で彼を叱り付けるリザを前に、またヒュッと窓から風が吹き込んだ。強い風にリザの金の髪が舞い上がり、リザは小さな悲鳴を上げて髪と共に舞い上がるスカートの裾を押さえる。
気紛れな風は、彼の部屋中に散らばった紙を再び好き放題に散らかした。風に乗り、部屋中に様々な大きさの紙が舞い踊る様に、ロイはまるで部屋の中がスノードームになったような錯覚さえ覚える。
そして、数百の白が舞い散る中に混じり、幾百の青がロイの上に降り注ぐ。その中で、リザの解いた金の髪が空に舞った。
夜明けの薄青のグラデーション。
夕闇迫る空の燃える赤と闇の黒のせめぎあい。
一様の青。
想像力をかき立てる雲の群。
様々な青が部屋中に舞い踊る。
一つとして、同じ空は無かった。
一つとして、同じ雲はなかった。
だが、そのすべての時、彼女は彼の人生の傍らにいた。
今、この時と同じ様に。
ロイは眩しいものを見つめる思いで、そっと数歩窓辺から遠ざかると静かにカメラを構える。そして、不機嫌な顔で窓辺に歩み寄ったリザの後ろ姿に向かい、そっとシャッターを切った。
金の髪。
青い空。
美しいコントラストは風に煽られたクリーム色のカーテンに遮られ、ロイは笑みを苦笑に変える。
それでも、彼の幸福が傍らにあることに変わりはない。
彼は自分のコレクションに加えられるべき新たな数枚の写真の存在を隠したカメラを胸に抱え、リザの機嫌をとるべく、ゆっくりと彼女の元へと歩み寄った。
----------------------------------[camera work] written by 青井フユ
200,000打記念にトップを変えたら、
【Invierno Azul】
の青井フユさんが
サイトの9周年お祝いをプレゼントして下さいましたー!!!!
トップ絵にお話をつけて下さったんですよ…!!!!あわわわ…!!
『窓辺に立つ後ろ姿を隠し撮りですか? そして、シャッター音に
ふり向いた彼女に「何を撮っていらっしゃるんですか!」とか、
叱られていればいいと思います。』って言われて
そうそうそう!!!!!その一連の流れを込めて描きましたッ!!っと、
やっぱり何もかも見透かされていますraiです。キャー!
本当に本当に有り難うございました!!!
閉
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